いちばん大変な時期なのに、頼れる場所がない!

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子育てでいちばん肉体的に、精神的に、とりまく環境など総合的に大変な時期はいつでしょう。
私は子育て歴8年、その8年の中で言えば、、、
ダントツで第一子の新生児期からの1〜2年でした。

 

何もかも初めて!

赤ちゃんからは四六時中、目を離せないし、
目を離せたとしても、心にずっと気にかかってるし!
好きなときに好きなことできないし、行きたいときにトイレもいけないし!
ホルモンバランスの乱高下でからだが思うようにならないし!

やっと少し生活に慣れたと思っても子どもは一日一日変わっていき、また新たな悩みが勃発するし!
生活が変わりうまくいって(るつもりだっ)たパートナーとは険悪になるし!
そもそも自分も追い詰められて性格悪くなってるし!
しかもそれらの激動の変化への対応を、今まででいちばん
睡眠不足なぼろぼろの身体でこなさなくてはいけない!

 

最近は、その時期の大変さを表現する内容を、書籍やネットで見かけます。
赤裸々な育児マンガもママたちの間で人気です。
個人的なブログなどでつづられているものは以前からぽつぽつ見かけましたが、
育児関連のポータルサイトなどで苦労した体験話がたくさんまとめられたりして、当たり前として語られるようになったのはここ数年の気がします。

 

お母さんは大変だけど、
「母性があるから大丈夫だし」
「みんなやってきたことだし」
「子どものために自己犠牲することは美しいことだし」
なんていう、大変さをアピールしにくい価値観が、ここへきて少しずつ壊されているのかもしれません。
この状況を、みなが我慢していた昔の時代に比べ、今のひとはわがままになった、我慢ができなくなった、と考える人もいるかもしれません(いつの時代もそういうことを言う人がいます)。
私はそこに論点を置くことには意味がないと考えています。
「昔のように我慢を」と求めたところで、
我慢しないで快適にできるように進化してきた世の中で、日々いろいろなサービスに慣れている今を生きる人は、苦痛な方向には向かいません。

 

大事なのは、
「『今』、母親が楽しく子育てをできているのか?」
ということ。
なぜなら私は、「『今』、子どもたちに楽しい子ども時代を過ごして欲しい」と思うからです。

 

「我慢しろ」「みなが同じ大変さなんだからしょうがない」という価値観を受け入れた母親はどうなるでしょう。
我慢をたくさんすると、他人にも我慢を強いるようになると思いませんか。
自分の母の「私があなたを育てたときはもっと大変だった・・・」
自分の子どもに「自分を犠牲にしてあなたを育ててきた・・・」
「だからあなたも我慢して」というメッセージ、ほんとうは笑顔で生きて欲しい大切な相手に、
このメッセージを伝えずにいられる親子を地域に増やしたいと思っています。

 

そのためには・・・